生殖能力か精子競争か
ヒトの射精の質と生活史戦略の指標との関連を検討した2019年の研究(2つの仮説を検討)
The phenotype-linked fertility hypothesis(早い生活史は質の高い射精と関連)
The cuckoldry-risk hypothesis(遅い生活史は質の高い射精と関連)
結果:遅い生活史戦略を持つ男性はより質の高い射精を行った(The cuckoldry-risk hypothesisを支持)
射精の質は配偶努力ではなく、養育努力と関連する可能性を示唆
進化心理学に対する批判として"Just so stories"というものがあります。
進化心理学はヒトについての鋭い洞察を提供しているのではなく、もっともらしい話を作り上げているだけだというものです。
確かに、進化を扱う進化心理学にはどんな突拍子もない主張も作り上げることが可能なように思えますが、そのような懸念に対して、どのように対処しているのでしょうか?
例えば、男性の射精の質について考えてみましょう。
ヒトの射精の質と生活史戦略の指標との関連を検討した2019年の研究によれば、2つの仮説を同時に検討しています。
どのような男性が質の高い射精を行うのでしょうか?という問いについて、以下の2つの仮説が考えられます。
「The phenotype-linked fertility hypothesis」は早い生活史が質の高い射精と関連していると予測しています。
生活史理論は進化心理学の中でも頻繁に登場する理論で、多くの形質と関連しています。
早い生活史を持つ男性とは多くの女性と関係を持つことに積極的な男性ということで、この予測は納得できます。
なぜなら、良い遺伝子を持つ男性が質の高い射精を行うというのは一貫性があるからです。
一方、「The cuckoldry-risk hypothesis」は遅い生活史は質の高い射精と関連すると予測しています。
つまり、多くの女性と関係を持たずに、少数の女性と関係を持ち、生まれた子どもを積極的に育てる男性ほど質の高い射精を行うということです。
この予測も納得できます。
なぜなら、質の高い射精というのは精子競争と関連しており、確実に配偶者との間に子どもを残す必要がある男性ほど、1回の射精により高いコストを支払うというわけです。
先ほどの研究はどちらの仮説を支持したのでしょうか?
結果は遅い生活史戦略を持つ男性はより質の高い射精を行ったという、The cuckoldry-risk hypothesisを支持するものでした。
つまり、射精の質は配偶努力ではなく、養育努力と関連する可能性を示唆しているわけです。
もちろん、一つ一つの研究を見れば、"Just so stories"という批判はもっともなように感じます。
しかし、研究一つ一つを丁寧に検討していけば、進化心理学とはヒトに関する予測を行い、検証を行っている、科学的に“穏健な”アプローチだということがわかるでしょう。
参考文献:
Barbaro, N., Shackelford, T. K., Holub, A. M., Jeffery, A. J., Lopes, G. S., & Zeigler-Hill, V. (2019). Life history correlates of human (Homo sapiens) ejaculate quality. Journal of Comparative Psychology, 133(3), 294.